音楽とわたし  

 

 

ちいさいころからピアノを習わせてもらい、中学、高校と吹奏楽部でクラリネットを演奏していましたが、

物心についてからいつも、「ほんとうに自分は音楽が好きなんだろうか」と悩んでいました。

中学校や高校の吹奏楽部で、喧嘩したり、泣いたりしながら、仲間たちと何かを創り上げることはとても好きでした。いまでも当時の友人たちは大切な存在です。

けれども、音楽をやっていて心から楽しいか、と言われれば、楽しさよりも、自分の下手さ加減がいやになり苦しいほうが多いように感じていました。

 

大学に入ってなりゆきで軽音学部に入部し、歌を習い始めてからも、ずっとその想いは続いていました。

尊敬する先生のレッスンはいつもとても楽しかったのですが、レッスンではない場で、人前で歌うことがどうしても怖かったのです。

「もっと楽しそうに歌えばいいのに」と言われると、余計に自信がなくなり、苦しくなる、という悪循環でした。

ジャズヴォーカルは、もっと華やかで格好いい人が歌うもので、わたしには向いていない、といつも思っていました。

 

そんなわたしが「やっぱりわたしは音楽やジャズが好きなんだ。うまくなくても、好きだから続けたい。」

と思えるようになったひとつのきっかけは、生野理花さんという音楽療法士の方の書かれた『音楽療法士のしごと』(春秋社、1998)という本との出会いでした。

 

生野さんは、音大受験を目指していた高校時代から、音楽にかかわる根本的なことに疑問を持つようになり、受験のための勉強からそれていき、結局音大には合格されず、普通の大学でドイツ語を専攻されます。

 

そして、卒業後も音楽とは直接は関係ない仕事をされていたのですが、あるとき全身アトピー性皮膚炎が悪化したのをきっかけに仕事を辞めて、自分と向き合うためにアメリカのペンドル・ヒル(精神科医で、哲学書や文学書の翻訳にも尽力された、神谷美恵子さんの『生きがいについて』という本の中に出てくるクェーカー教徒の学寮)という施設に行かれ、残りの人生で自分がしたいことにとことん向き合った結果、自分のライフワークは音楽だという結論に至り、音楽療法士になる勉強をすることを決意されます。

 

そこで書かれている、生野さんの葛藤や思索の過程は、いろいろなことが重なって、体調と精神のバランスを崩していた当時のわたしには、とても近しいものに感じられました。

 

生野さんが書かれているのは、音楽とほんとうに仲直くする、いい関係でいるとはどのようなことか、ということでした。

 

そして、「かわいそうな人たちを助けてあげたい」という上からの目線では、本当の意味での療法はできない、と述べておられます。エネルギーは相手をまわって自分に返ってくるので、クライアントと同じ地平に立たないとできない、と。

いろいろな療法のセッションの記録もあり、とても内容の深い本です。

 

その後、わたし自身は、迷ったのちに大学院に進学し、歴史の勉強をしながら、ずっと音楽の勉強を続けてきました。

その間、何度か音楽を辞めようとしたことがあったのですが、そのたびに素晴らしいミュージシャンのかたたちや、励ましてくださる周りの方たちとの出逢いに恵まれ、辞めずに続けてくることができました。

 

音楽だけで生計を立てていなければプロではない、という考え方もありますが、その意味ではわたしはプロではありません。

常に、音楽と研究と生活のための仕事の、パッチワークのような生活のなかで、音楽の勉強や演奏を続けてきたからです。

 

ただ、お金をいただいて演奏させていただいている以上は、誇りをもってお仕事をさせていただいています。

 

現在、初心者の方から、ライブ活動をされている方まで、さまざまなな方が、単発、長期と、ご自分に合わせたペースで、ヴォーカルとピアノレッスンを受けてくださっていますが、どのレッスンも楽しく、自分自身の勉強になることばかりです。

 

数年前にアメリカで三ヵ月お世話になったベース奏者、Richard Davisさんが、「教えることが一番勉強になるんだよ。僕もずっとそうして音楽を学んできたんだ。だから、君も音楽を教えなさい。」と言ってくださった言葉の意味を、日々噛みしめています。

 

音楽とは直接関係のない生活のための仕事や、あわただしい毎日の生活に追われる中で、練習時間を確保することや、モチベーションを保つことの難しさは、私自身がずっとそうしてきましたのでよく理解できますし、その中で、音楽を好きな気持ちを何よりも大切に、長く続けていける方法を一緒に探っていきたいと思っています。